「あの人のために、と思ってきた。
でも、もう私の心が限界かもしれない」
家族が精神疾患を抱えている。
その現実と向き合いながら、支え続けてきたあなたの心は、今どんな状態でしょうか。
- 寄り添いたいのに、どう接していいのか分からない
- 怒らせてしまうのが怖くて、本音が言えない
- 日常が「いつ不安定になるか分からない地雷原」のように感じる
- 支えることが生活のほとんどになり、自分のことが何もできていない
- 「もう無理かも」と思った瞬間、強い罪悪感に押しつぶされそうになる
「相手のことを思う気持ち」と「自分のしんどさ」の間で
自分のハンドルがどんどん奪われていく
精神疾患を抱える家族の支援は、
外からは見えにくい孤独と疲労の連続です。
- 日々の生活の中で、気を抜ける時間がない
- 一度よくなったと思っても、再発や悪化の不安に追われる
- 周囲に話しても理解されず、「家族だから仕方ないよね」で片づけられてしまう
そのたびに、あなた自身の感情は後回しにされ、
「相手を支えることが最優先で、自分は二の次」 という状態が当たり前になっていきます。
自己統治の視点で見ると、
これは 自分の人生のハンドルを、家族の病状に明け渡してしまっている状態 です。
そのまま走り続ければ、心がボロボロになっても不思議ではありません。
支える人にも、「支えられる場」と「境界線」が必要です
でも、ここで忘れてほしくないことがあります。
支える人にも、支えられる場所が必要。
ここのばでは、
- うつや統合失調症などのご家族と長年向き合ってきた方
- 境界性パーソナリティなど、対応が難しい症状に振り回されてきた方
- ご本人の支援が中心になり、自分の人生が止まっているように感じている方
こうした「支える側のしんどさ」に、これまで数多く出会ってきました。
私は、精神科病院でのケース支援や、保健所・行政での家族支援を行う中で、
「支援の届きにくい“支える側”の孤独」 を何度も見てきました。
だからこそ、ここのばでは
- どう接するのが正解か
- どこまで頑張るべきか
だけを話題にすることはしません。
ここのばで一緒に整えていくこと
自己統治理論にもとづき、ここのばで大切にしているのは、
- どこまでを自分が引き受け、どこからは専門職や制度に任せるのか
- 「家族の病気」と「自分の感情」を切り分けて扱うこと
- 自分の人生の時間・体力・お金を、どう配分するのか
といった あなた自身の境界線と基準 を、もう一度取り戻すことです。
「支えること」と「自分を犠牲にすること」は、同じではありません。
自分を守ることは、見捨てることではなく、
これからも関係を続けるための自己統治 です。
「もう頑張れない」と思ったその日こそ、
ハンドルを握り直すスタートライン
- 「もう頑張れない」と思った日
- 「家族のことが嫌になってしまった」と泣いた日
- 「私の人生って何だったんだろう」と感じた瞬間
こうした本音は、決して“間違った気持ち”ではありません。
自己統治の視点から見れば、
「このままでは、自分が壊れてしまう」という
心からの緊急アラート
です。
ここのばでは、そんな言いにくい本音こそ、
まるごと大切に扱いたいと考えています。
支えることをやめなくても、あなたの愛は消えません。
むしろ、自分を守ることで、結果として相手との関係を守ることにもつながります。
その第一歩として、まずはその気持ちを、一緒に言葉にしてみませんか。
ここのばが、あなたの自己統治を取り戻す場として、そっと寄り添っていきます。
